出来るだけわかり易いキリスト教2004年7月

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10 処女マリヤより生まれ
聖霊によって,不思議な方法で受胎した永遠の神の御子は,マリヤから生まれました。マリヤは女神でも,母なる神でもない,歴史の只中に実在した普通の人間でした。ガリラヤのナザレという田舎町のひとりの処女でありました。ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけでした。

  この普通の人間から,神の御子イエス・キリストが誕生したのです。イエスの受胎は通常の生殖行為によらない聖霊による特別なものでありましたが,イエスの誕生は普通の人間の出産によるものでありました。その誕生の様子をルカはこのように記録しています。

  「マリヤは月が満ちて,男子の初子を産んだ。それで,布にくるんで,飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」(ルカ2:6-7)。

  十月十日(とつきとおか)母の胎にいて,その時が満ちて,生まれ出てきました。ちょうど住民登録のためにガリラヤのナザレからユダヤのベツレヘムに出てきていたヨセフとマリヤは,その旅先で出産を迎えたのでした。イエス・キリストは「布にくるまれて,寝かせられる」人間の赤ちゃんとして誕生しました。自分で起き上がることも,食べ物を探すこともできない赤ちゃんです。裸で放り出されたら凍死してしまう赤ちゃんです。父母の保護・養育を必要とする人間の子として産まれ出たのです。

  主は,全く無力な人間の赤ちゃんとして誕生しましたが,同時に神でもあられました。より正確には,神の御子であるお方が「処女マリヤより生まれ」人間性を摂られたのです。神であるお方が自ら進んで人間の肉体をとり,完全に神でありつつ,完全に人間として生まれたのです。

  神の行為によってこの誕生がなりました。マリヤより生まれ人となられた神の御子は,罪を別にして,全ての点で人間と同じようになられたのです。これを御子の受肉といいますが,これによってイエス・キリストは神と人との仲保者として,すべての人の贖いの代価としてふさわしく到来されたのです。
( 7月 4日)

11 ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け
イエス・キリストの受難,最後の12時間を映画化した「パッション」が世界中の話題を呼びました。これまでもイエス・キリストの受難を主題に,映画や音楽,絵画,文学など様々な表現がなされてきました。それほどにイエス・キリストが「苦しみを受け」られたことは,人々の関心事であり,キリスト教にとってみれば核心とも言える重大事なのです。使徒信条はイエスの降誕を告白して後,いきなり受難へと向かいます。イエスの生涯の全体が十字架に集約されるかのようです。

  イエスはポンテオ・ピラトの下に苦しみを受けました。それは作品によって描かれるフィクションではなく,歴史上の事実としてイエスが苦しみを受けられたことを証言します。当時のユダヤはローマ帝国の支配下にありましたが,ピラトは紀元26年から36年まで,ユダヤの総督でした。そのピラトの下でイエス・キリストの十字架刑の判決が下されたのです。イエスの裁判は全く不当なものでした。ピラトはイエスを取り調べましたが,死罪に当たるような罪を見出すことができずにこのように言いました。 「あの人がどんな悪いことをしたというのか。あの人には、死に当たる罪は、何も見つかりません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します」(ルカ23:22)。

  ところがユダヤ人たち(祭司長たちや群集)は「十字架につけろ!」と主張し続けました。ピラトはその圧力に屈して,十字架につけるためにイエスをユダヤ人たちに引き渡しました。何の罪も見出すことのできないお方が有罪とされたのです。まことの神であり,まことに人となられたイエス・キリストは,その生涯において,自分が神の子であることを証言してきました。そしてそのゆえに,有罪とされ,苦しみを受けられたのです。バプテスマのヨハネに「見よ。世の罪を取り除く神の小羊。」(ヨハネ1:29)と呼ばれたイエスは,罪を取り除くために,世の罪を背負い,苦しみを受けられ,十字架に向かわれたのです。 イエス・キリストは「多くの人のための,贖いの代価として,自分のいのちを与えるため」に到来し,歴史の只中で苦しみを受けられたのです。
( 7月11日)

12 十字架につけられ
彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスといっしょに、ほかのふたりの者をそれぞれ両側に、イエスを真中にしてであった。」(ヨハネ19:18)

  完全に人となられたまことの神である御子イエス・キリストは,「十字架につけられ」ました。不当な裁判を経て,十字架刑が執行されました。イエス・キリストはご自分で十字架を負って,ゴルゴダの丘に行き,そこで手足を釘で打たれ,磔にされました。
  十字架刑は当時知られていた刑罰の中でも最も残酷で,恥辱と屈辱に満ちた死刑の方法でした。イエス・キリストは二人の犯罪人と共にこの屈辱を受けられました。しかし,イエス・キリストの受けた屈辱,苦しみは,他の二人とは比較にならないものでした。
  イエスは十字架上で叫びました。「三時ごろ、イエスは大声で、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』と叫ばれた。これは、『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」(マタイ27:46)

  イエスの受けた十字架刑は,単に人々の手によって死刑が執行されたということにとどまらない,神の子であるお方が,神に見捨てられるという意味を伴ったものでした。旧約聖書では「木につるされた者は,神にのろわれた者」(申命記21:23)と言われ,十字架の死が神の呪いを身に受けるものとして理解されます。神の独り子であるイエス・キリストが,神に見捨てられ,神の呪いを受けられたのです。パウロは言います。「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。」(ガラテヤ3:13)

  イエス・キリストは「十字架につけられ」て,聖なる神の呪いを身に受けました。「どうして!」と叫びながらも,底知れない孤独と恐怖を引き受け,それを耐え抜きました。それは本来,神に背き罪の中を生きる私たち人間が被るべき呪いでした。「十字架につけられ」という全く受動的な言葉の背後で,聖なる神の御怒りを神ご自身が「引き受ける」という,驚くべき贖いの御業が成し遂げられたのです。
( 7月18日)

13 死にて葬られ
「十字架につけられ」と告白すること自体,死を意味することですが,使徒信条はさらに,「死にて葬られ」と告白します。イエスの死が確実に,完全に,死であることを強調するかのように,神の御子の死を伝えます。イエス・キリストは,十字架で神の呪いを身に受けて,苦しまれました。そして,死なれたのです。福音書はイエスの最期を詳細に伝えています。

  「イエスは,酸いぶどう酒を受けられると,「完了した。」と言われた。そして,頭を垂れて,霊をお渡しになった。」(ヨハネ19:30)
  「イエスは大声で叫んで,言われた。『父よ。わが霊を御手にゆだねます。』こう言って,息を引き取られた。」(ルカ23:46) 

神自ら,人類の罪を担い,その十字架の苦難を耐え抜いて,身代わりの死を全うされました。人となられた神であるイエス・キリストは,受肉した人間として死なれましたが,その死においても,神の子でありました。
  十字架上で息を引き取られたイエスの死は,ローマ兵によって確認されました。多くの群集もイエスの死を見つめました。そしてイエスの身体は葬られました。福音書はこれも詳細に記録しています。
  「…アリマタヤのヨセフが,イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで,ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て,イエスのからだを取り降ろした。…彼らはイエスのからだを取り,ユダヤ人の埋葬の習慣に従って,それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。イエスが十字架につけられた場所に園があって,そこには,まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。…彼らはイエスをそこに納めた。」(ヨハネ19:38-42)

  イエスは完全に死なれました。そして葬られました。この事実は初代教会の大切な使信として,伝えられました。パウロは言います。
  「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは,…キリストは,聖書の示すとおりに,私たちの罪のために死なれたこと,また,葬られたこと,また,…」(Tコリント15:3-4)

  私たちの罪のために,イエスは本当に死なれ,確実に葬られました。それは後に続く復活の真実を証することへとつながるのです。
( 7月25日)

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